宮崎賢太郎「潜伏キリシタン」
バーバラ・ウォルター「アメリカは内戦に向かうのか」 宮崎賢太郎「潜伏キリシタンは何を信じていたのか」
著者は私より7歳上。東大文学部・同大学院で宗教史を研究し大学教授になった方だが、年齢的に大学紛争の最中に学生生活を送っているはずで、どのような状況で研究されたのか興味深い。少なくとも、いまの大学生とはまったく違ったはずである。 学者さんだけあって、用語の定義・使い分けを厳密に行っている。読者にとって読みにくいが、著者にとって止むにやまれぬ理由があるのだろう。文中でもフィールドワーク(ヒアリング)の際、「我々は別に隠れている訳ではない。隠れキリシタンというのはやめてくれ」と言われたとある。 普通言うところの隠れキリシタンを、時代や状況に応じて「潜伏キリシタン」「カクレキリシタン」「復活キリシタン」等使い分けているが、一般的読者にとって分かりにくい。カタカナで書いたから「隠れ」たニュアンスがなくなるとも思えないし。 それはそれとして、著者の問題意識は、彼らの信仰は実際どのような形だったのか、それがキリスト教徒と言えるのかということである。 1614年、江戸幕府の禁令により、キリスト教を公に信仰することはできなかった。宣教師は日本にいないし、聖書を持ち込むこともできない。そんな時代に、神父や牧師といった聖職者がいないのに、キリスト教の教理を誰が教えるのか、信仰していると果たして言えるのか。 信仰の自由がある現在でも、キリスト教徒は数%に過ぎないし、天地創造やアダムとイブの話、十戒、キリストの迫害と復活、死後の裁きなどキリスト教の基本的説話を体系的に理解している人はごく少数である。宣教師も聖書もなく、そもそも禁止されているのに、それを信仰する人がどれだけいただろうか。 著者は考察する。隠れキリシタンは、キリスト教の教理を理解し伝えたのではない。かつて先祖がしていたことを、代々守っていただけである。宣教師がしたお祈りが起源とはいえ、その言葉は時代とともに違って(日本語化して)いたし、その意味を理解していたともいえない。 彼らにとって、仏壇にお経をあげるのと同じであった。般若心経を全部分かっていなくても唱えることは可能だし、まして空の理論や唯識論を理解していた訳ではない。実際、隠れキリシタンとされる家々には、神棚・仏壇・隠れキリシタンの祭壇があって、祝詞、お経、キリシタンのお祈りをそれぞれしていたという。 さらに、江戸時代はすべての家はどこかの寺に属する必要があったから、隠れキリシタンも寺の檀家とならなければならなかった。そして、順番で回ってくる檀家代表や神社の氏子代表にもちゃんとなっていた。他の家もそれは承知で、当り前に役割を分担していたという。 もちろん、キリスト教徒でありつつ寺の檀家であることはキリスト教としては認められないが、それを咎める神父も牧師もいない。すべて家々の考えに任されるから、昔からしていたようにするだけである。現代でも神社に初詣に行き、結婚式は教会、葬式は仏式で戒名で墓に入ることに誰も疑問を持たない。 ならば、彼らは何を信じていたのか。キリスト教のお祈りを唱えるだけで、父と子と精霊も、キリストの復活も、死後の裁きも信じていないのにキリスト教徒といえるのか。 著者は、彼らの信仰の本質は先祖崇拝であるという。かつてキリシタンとして迫害されあるいは殉教した先祖を祀らなければ、罰が当たる、祟りがある。もし自分達の代でこれまで続けてきたお祀りをやめたりしたら、何がよくないことが起きるという恐れが、その本質であるという。 これはたいへん腑に落ちる。つまり、彼らはキリスト教的な衣をつけているものの、実態は怨霊信者なのである。キリストの復活を信じているのではなく、ご先祖をきちんと祀らないと祟りがあると信じているのである。まさに、日本人的な考え方である。 寺の檀家を回り持ちした他の家々にとって、仏壇にお経をあげることと天神様や聖天様を信じることは両立できるし、それがキリスト様マリア様に代わっただけだから、仲間外れにする必要はない。キリスト教は一神教だとか、聖書ではそんなこと認めていないという人は誰もいなかったのである。 [Jan 23, 2026] 著者は東京大学文学部・同大学院で宗教史を研究した大学教授。私より7つ年上で、ちょうど大学紛争の時代にいらっしゃったことになる。 バーバラ・ウォルター「アメリカは内戦に向かうのか」 最近のアメリカをみていると、議会を無視して大統領が勝手に関税を課したり、他国に武力行使したり、ここ数十年では見られなかった状況である。未遂とはいえケネディ以来の暗殺計画もあって、あまり平和な国とはいえなくなったように感じる。 内戦という言葉は、対外的に認められた政府の他に反政府勢力があって、正規の政府と武力においても経済力においても、国内への影響力でも拮抗している状態を想像する。アフガニスタンもそうだったし、アフリカ大陸のいくつかの国はいまだにそうだ。 その意味では、アメリカは憲法で自衛権を認めていて、それが度重なる銃乱射事件につながっているのだけれど、内戦となるとかなりフェーズが違うというのが第一印象である。アメリカが内戦に向かうのは考えづらいように思うのだが、そうでもないらしい。 というのは、最近の政治学は昔のようにマルクス史観によって成り立っているのではなく、統計的手法、回帰分析による判断がされている。だから、内戦とは何かとか、思想的背景がどうかではなく、どういう国を内戦とみなすことができるか、その客観的要素は何かということから分析するのである。 過去百年以上の世界各地の内戦を調査し、内戦以前に起こったどのような動きが内戦に結びつくのか。そこには、どちらがブルジョアかプロレタリアか、資本主義か社会主義・共産主義か、私有財産を認めるかどうかはあまり関係ない。客観的に生じた事実、社会的現象が重要なのである。 実際に起こっている事実から、その国の政治を-10から+10にスコアリングするのが、昨今の政治学で用いられる手法である。-10がもっとも専制的で、+10がもっとも民主的な政体とみなされる。そして、内戦が起こるタイミングは「専制から民主化に進む途上」と「民主政が専制に進む途上」であり、スコアリング0近辺がもっともリスクが大きくなるとされる。 アメリカはトランプ再選以来、そのスコアが年々低下している。民主党政権下では+10に近かったのが、いまや+5とかその近辺に下がっているという。武力によってアメリカの陸海空軍に対抗するのは難しいが、議会やホワイトハウスといった合法的な政府を制御不能にするのは不可能ではない。何しろ、国民が銃で武装することを憲法で認めている国なのである。 日本が内戦に向かうことが考えづらいのは、ひとつは立憲民主政で元首が天皇と決められているのが大きな要因である。加えて、自衛隊・警察以外が重火器をもって武装するのは犯罪である。最近のYouTube論調を見ると仮に秋篠宮家が皇位継承したらどうかという懸念はあるが、いまの天皇ご一家をないがしろにしようという勢力は考えづらい。 米国はそれがない。選挙で勝てば、トランプでも大統領になり、対外戦争も関税政策も自分の裁量で差配できる。それはおかしいという勢力が武力で対抗すること自体が憲法で認められており、それを道義的倫理的に止められないとすれば、内戦という事態を避けられないかもしれない。 いまはまだ、元首はそれなりに常識的であり倫理的にも問題が少ないとされている。フランスではマクロンが元首で、少なくともルペンよりずっと常識的である(倫理的かというと分からないが)。ドイツは元首がシュタインマイヤー、政治首班がメルツと分担している。イギリスはもちろん国王が元首である。 しかし、古代ローマの例にみられるように、選挙で選んでいればいつかはポピュリストが政権をとり、常識的でも倫理的でもない政治が行われるかもしれない。その意味では、民主政は貴族制や独裁制より優れているとは言い切れない。 [Mar 17, 2026] フィナンシャル・タイムズなどが2022年ベストブックに選ぶ秀作。政治学の本なので年寄りの男かと思ったら、女性でした。カリフォルニア大学サンディエゴ校政治学教授。 服部英雄「河原ノ者・非人・秀吉」 題名をみた時、あまり学術的でない本を想像した。最近になってようやくこうした言葉を使用できるようになったが、半世紀前にはこのタイトルでは出版はもちろん、図書館に置くこともできなかっただろう。この本の初版は2012年、ようやくこうした本がアカデミックにとらえられる時代になったのを感じる。 この本ではひとつのテーマではなく、さまざまのシチュエーションで登場する歴史上の被差別民の実像を紹介している。前半ではハンセン病者、遊女、人身売買などの事例について、貴族の日記や絵巻物、信頼できる古文書からアカデミックに考察している。 後半は豊臣秀吉がテーマで、おそらく彼は最下層の賤民から成りあがった者で、氏素性も定かでないとしている。貴族の日記に加え、イエズス会の宣教師が本国に送った手紙や報告書が裏付けである。大河ドラマよりよっぽど実像に近い。 秀吉が多指症であったことにも当然触れられている。そして、幼い時から家を飛び出した彼は物乞いをする以外に食べて行ける方法はなく、指が多いことも猿に似ていることも物乞いの種にしたに違いないと考察する。おそらく間違いないだろう。 彼が織田家に加わったとき「猿」とあだ名されたのは、物乞い時代に猿が栗を食う仕草が持ちネタだったのが由来で、彼自身もそれを売り込んだに違いない。もっとも信長は、「猿」とは言わず指が6本あるから「六ツ目」と言ったらしい。 秀吉の実子とされる秀頼についても、秀吉のそうしたバックグラウンドを考えなければならないと著者は指摘する。実際、同時代の多くの人は秀頼が実子と信じていなかったし、イエズス会宣教師も本国にそう報告している。そもそも、淀君にとって秀吉は「母の仇」「実父の仇」「兄の仇」かつ「義父の仇」である。よく思っていたはずがない。> 秀吉自身、自分の血縁であまり能力のない人間に跡を継がせるより、信長血縁である淀君の生んだ子に継がせる方がいいと思ったのかもしれない。「太閤である自分がいいのだから、文句を言うな」ということだったろう。 そして、秀頼出生で表沙汰にできない事情があり、関白秀次の妻妾処刑にもそれが関係しているという。大河ドラマではまずやらないが、秀頼出生直後に淀君身辺の侍女数人、僧侶・陰陽師数人が死罪になっている。表向きの理由は大阪城の金塊を持ち出した罪だが、実際はどうなのか。 江戸時代でさえ、病気の治療に読経、護摩焚き、呪文などの手段は用いられた。僧侶や陰陽師が治療にあたるのは当たり前の時代である。では何の治療か。淀君が金塊を布施しても望んだのは、間違いなく不妊治療である。 子宝祈願のため、女性が神仏を頼って参篭することは、安土桃山時代よりずっと以前、平安時代から行われた。起源はおそらくもっとずっと古い。そこで実際には、読経や護摩焚きだけでなく直接的な行為も行われた。秀吉の来歴からしてそういう知識はあったろうし、それで構わないということだっただろう。 淀君が妊娠した当時、秀吉は「唐入り(朝鮮出兵)」のため肥前名護屋城にいた。秀吉の直筆の手紙には「お拾(秀頼)に乳をよく飲ませよ」という有名な文章があるが、同じ手紙の後半には「糾明」「業腹」などうれしいとは思われない言葉も含まれている。 当時、関白在任中で聚楽第にいた秀次はそうした表沙汰にできない事実を耳にしていたと思われ、秀頼出生後にそれを直談判した形跡がある。結果は秀次の処刑となった。妻妾まで死罪というのはこの前もこれから後もないケースで、実際は口封じだった可能性が大である。 著者は東大大学院博士課程修了後、文化庁調査官、そして九州大学教授となった学者である。隠れキリシタンの宮崎氏と同年配、やはり大学紛争当時の人である。 >タイトルで釣って中身がないYouTube的な内容ではなく、たいへん読み応えのある著作である。むしろ、もっと面白味のある推測があった方が楽しいような気がするが、著者の学者としてのプライドが許さなかったのだろう。 [Apr 24, 2026] 題名をみた時、あまり学術的でない本を想像した。だが著者は東大大学院博士課程修了後、文化庁調査官、そして九州大学教授となった方である。隠れキリシタンの宮崎氏と同じく大学紛争当時の人。 次の記事
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